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「恋愛狂想曲」第二楽章・第三小節
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作詞 野馬知明 |
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「恋愛狂想曲」第二楽章・第三小節
・・・どうぞ、カプリッチョ様。こちらの部屋へ。ご主人様は貴方の曲をお聴きになるそうです。
このたびの夜会での作品の数が少ないので、新しい曲を演奏する余裕があるそうです。
曲が水準に達していれば、文句なく採用とのこと。
ご主人様のお気に召されるように祈ります。
・・・さあ、行こう。成功の秘訣は己に打ち克ち、他人に打ち勝つ方法を知ること。
狡猾に構えてやると失敗するのが常。
過失があれば赤面し、老獪に飾るべきではない。
精緻な楽の友、ピアノ
黒く艶やかなる衣を纏い
奏者の哀愁の心を調べに乗せて、
不図、聴く者の胸を溶かす
男の熱情にうちふるえる指は、
閉ざされし、鍵盤の泉を撃ち開く
あやしき鍵の柄
妙に打ち鳴る弦は、
紅く燃えたる清冽なる慎ましやかなる魂の仄かな媒介、降魔の剣
激情の趣くままに曲は流れ、
洗顔の女は我を忘れて曲に聴き入り、
男の赤裸々な思いに紅潮する青き果実
エロスの神は即興詩人
邂逅は恋愛の抒情詩人
女の睡魔を払った麗容に
男の指は麻痺する磯蟹
女は茫然自失、胸を恋の矢で射貫かれる
楚々たる容姿可憐な花弁
十八の春に得た狂想の恋
・・・アリダ、アリダ、なんて美しい曲なのでしょう。一体弾いているのは、どなた?
・・・カプリッチョという三文楽士です。
・・・三文?いいえ、一流よ。あなた、知っているの?
・・・知るも知らないもありません。
ミラノの小間使いの仲間内では、知らない者がいないほどの女ったらし。
ご婦人の意を得ようとして、まず小間使いから口説き落とす様な下司な男。
・・・嘘よ、嘘よ、あんなに美しい曲をお弾になる方が。
悪評は多くの悪評を生むもの。悪い評判は良い評判よりも早く広まるもの。
・・・煙の立つところに火ありです。
モーツァルトだって、下司な金遣いの荒い男だった。
・・・いいえ、ピアノは奏者の心の鏡。
いかなる奸佞邪知も、鍵盤にかかれば露見してしまうもの。
奏者の心を調べに託して、聴く者の心は揺り動かされる。
ああ、氷輪煙る春近いあの月夜の晩に、スズランの花束をくれた人、ナイトのようなピアニスト。
・・・そんな言い方は、よろしくありません。
男は希代の蕩児ジョージ・ゴードン・バイロンのよう。
ご主人様のお名前で、実力もないくせに、社交界に名をはせようとする、虎の威を借る狐。
・・・いいえ、そんなことはないわ、あんな美しい方が。
深い翳りのある目、アポロの様に毅然とした鼻梁、聡明な広い額、
どことなく愁いに沈んだ横顔、美は嘘を吐かないもの。
・・・かなりの重症、これはご主人さまに今すぐにでも申し上げねば。
デュンティーレ公爵さまや、ガリバルジ伯爵様のご子息のジョセフ様ならまだしも、
名声も財産もないあんな男をお思いになるなんて、リチェルカール家の恥。
・・・アリダ。お願い、後生だからお父様には内緒にしといて。でないと私はどうなるかわからない。
夜の露のように陽の光をよく見ないうちに消えてしまうかもしれない。
嵐に見舞われれた花のように、実を結ぶことを知らないうちに花びらを散らせてしまうかもしれない。
・・・それは一時の思いこみ。ひと月もすれば忘れてしまうもの。
ピアノの家庭教師様の時も、教会の若い神父様の時もそうだった。
・・・今度のは違うの。神に誓っても本当の恋。
・・・ああ、それほど、あのヤクザな男のことを。
お嬢様に愛されるあの男が幸福なのか、あの男を愛してしまったお嬢様が不幸なのか。
お嬢様があの男に対して抱いているものが、もし愛情だとしたら、
愛情は欠点を見ないというのは、本当のこと。
だから世間じゃ、『恋する者には法はない』というのね。
あの男は移り気で、一度に平気で何人もの女の人を愛すことが出来る不埒者。
騙されるのおちだということが何でわからないのですか。
・・・大いなる恋をすれば、大いなる苦しみが伴うもの。
・・・ああ、とても面倒を見きれません。
お嬢様なそうではないと思ったけれど、
人間というものは誰でも同時に愛して、賢くあることはできないらしい。
・・・ああ、演奏が終わったわ。なんと素晴らしい曲でしょう。
若きヴェルディと言っても過言じゃないわ。
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