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「恋愛狂想曲」第一楽章・第一小節
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作詞 野馬知明 |
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「恋愛狂想曲」第一楽章・第一小節
女は十八、箱入り娘
身分は低いが、高名な楽士の娘
身分の低さゆえ、社交界を知らず、
語りかける男のいないがゆえに、自らの美しさを知らず、
日ごと、ピアノに語りかけ、
言葉にならない胸のつかえを、
鍵盤にたたきつける、
その胸のつかえの何たるかを知らず、
氷輪煙る春近き、
かの月夜の晩に逢った人、
素性も知らず、名も知らず、
ただ馬車の窓から見かけただけの知らぬ人
男の熱いまなざしに、
女は胸を射貫かれ、
視線は「あなや」と馬車の内
逸らす視線も空心
鯔背な男を忘れえず
音楽会の帰り途
いつも思うは、あの夜の眼差し、
蕾の中の闖入者
ふと手にした楽譜の上に、
描くは面影、あの人の、
深い瞳、高い鼻梁、凛々しい唇、漆黒の髪
貴方は誰?私の心の掏摸者
窓にもたれて黄昏の、教会の尖塔に入り行く夕陽を眺めつつ、
女は切ない思いに溜息を吐き
ステンドグラスに口づける。
あの日以来、心の中に棲みついた得体の知れない蒼い憂鬱
烈しくピアノを弾いてみても、
精一杯アリアを歌ってみても、
満たされることのない心の間隙
陽の光に満ちた花園の煌びやかな光景も、
淡い暮色に包まれた田園の安らぎも、
ただ虚しく映るのみ
すべてのことが、
全ての事物が、内実のない空疎なヴェールにおおわれ
ひとつの、情緒をかき乱す幻影が、
女の心に深く根を下ろし、
女の花布団の中で素裸にさせる
羽根布団を素肌に絡ませ
枕に唇をうずめ
ベッドの上で輾転と悶える
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